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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)6970号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、原告が、昭和四四年一〇月一五日、被告から本件建物を買受ける契約をし、金二五万円を被告に交付したことは当事者間に争がない。<証拠>によると以下の事実が認められる。

(一)、被告は、本件建物を昭和四二年中頃買受けたものであるが、本件建物の敷地はすでに昭和二一年頃から大阪都市計画事業浪速地区復興土地区画整理事業の対象地となつており、昭和二五年四月二二日仮換地もなされており、借地権もないので、早晩本件建物は収去される運命にあり、ただ収去が実施されるまでの間、大阪市により敷地占有を黙認されているに過ぎなかつた。被告は本件建物が早晩収去されるものであることを知りながらこれを前所有者より買受け、ここで妻に「スール」という屋号で美容院を経営させていた。しかし妻が出産し育児のため美容院経営が困難となつたので、被告は昭和四四年一〇月本件建物を売りに出し、新聞紙上にも広告した。その結果買手が現れ、手附金を受領した。

(二)、原告は美容師で昭和四三年六月より昭和四四年八月末まで被告の妻の経営する右美容院に雇傭されていたのであるが、本件建物を買取り、自分で美容院を経営しようと考え、すでに被告が第三者に売却し、手附金を受領していたのを知つていたが、被告に自己に売却してくれるよう懇請した。原告も「スール」で働いていたとき本件建物の敷地がすでに終戦間もない頃から大阪市の都市計画にかかつており、本件建物もいずれ収去されるものであることを承知していたし、附近の建物ですでに解体され移転された例を数件現認していたので、右収去もそう遠くないと予想していたが、現に他に買手がある以上、買受代金を回収し、なお利益を上げ得る期間位は本件建物で美容院を経営できるとの見込みをたて、その見込みの確実性につき何ら調査することなく、買受けの申し込みをしたものであつた。被告は原告の懇請を容れ、第三者との契約を解除して原告に売渡すことを承諾し、昭和四四年一〇月一五日金二五万円を授受し、本件売買契約を成立させた。右契約締結に先立ち、原告は被告に本件建物収去の時期について被告の見込みを質したところ、被告は「市役所で調べたところ九年位は大丈夫だとのことであつた」というので、更に「もし九年も店をやることができない場合はどうなるか」と聞くと、被告は「営業権があるので市としてもそんなに残酷に追出さんだろう」と答えた。右問答により見られるとおり原告は被告の右「九年云々」の言葉を全面的に信用していたものでなかつた(一抹の疑問を持つていたことは原告自ら主張するところである。)。しかるに躊躇なく本件売買契約を締結した事実、および本件売買契約締結の日まで本件建物収去の時期について何ら調査せず被告に問合すこともなかつた事実により明らかなとおり、原告は被告の右「九年云々」の言葉を信じたから本件売買契約を締結したのでなく、あくまで前記自己の見込みに立つて契約をしたものであつた。もつとも原告は被告の妻から、被告が不動産売買の専門家である、と聞いていたので、本件建物収去の時期になつても、「営業権があるので市としてそんなに残酷に追出さんだろう」との被告の言を信じ、このことが本件売買契約締結の一因となつていた。

(三)、本件売買契約の内容は代金は三四〇万円であり、目的物件は本件建物のほか、営業権、若干の什器等を含んでいたのであり、借地権はもともとなかつたのであるから対象とはなつていなかつた。支払条件は同日金二五万円を支払い残金は同月一七日に完済と同時に本件建物を引渡す約定であつた。右金二五万円は、被告としては原告の懇請を容れ、すでに締結し手附金まで受領していた第三者との売買契約を解除して被告に売却するのであるから、被告が契約を履行しないようでは原告は損害をこうむるので、そのようなことがないよう、原告不履行の場合はこれを没取し得る約定で受領したものであつた。また被告が本件建物をすでに第三者に売却済みで、その解除の可能性が未定であることを原告は承知していたので、被告が前記先行売買契約の解除不能を理由に本件売買契約を解除する場合は、被告は原告に右金二五万円を返還すればたりるとの特約が付されていた。被告は同日前記第三者との売買契約を合意解除した。

(四)、原告は残金支払を控え自己の前記見込みに不安を覚え、知合の訴外赤穂繁子とともに同月一七日、大阪市都市再開発局に赴き、本件建物収去の時期を問合せたところ、係員から「後二年位であろう」と聞かされた。かくては原告の予想した期間より遙かに短かく、前記の本件建物買受けの目的が達せられないので、同日原告は被告を訪れ、右事実を述べ、本件売買契約を解除する旨通告した。被告は右通告に反対の意思を表明した。

(五)、その後本件建物は被告により訴外染井保子に売られ、同訴外人は本件建物で美容院を経営している。敷地の区画整理事業施行期間は昭和二一年から昭和四九年までで、本件建物収去の時期は、具体的には不明であるが、昭和四六年一一月一五日より、二年ないし三年先である。

以上の事実が認められる。<反証排斥―略>

二、原告は、被告が本件建物が大阪市の都市計画により収去されるのは九年先であると言明したので本件売買契約を締結したところ、九年後などといつたものでなく、すぐ二年後であることが判明したから、本件売買契約はその目的物に隠れた瑕疵があつたというべきである、と主張する。本件建物収去の時期が九年先であることを信じたということは、本件売買契約締結の動機であり、動機でもそれが表示されれば、契約の要素となるから、原告が真実右動機により本件売買契約を締結し、かつその際右動機が表示されておれば、現実に収去の時期が契約時より二年先ということであれば契約の目的物に瑕疵があつた、ということができる。しかしさきに認定したとおり原告が本件売買契約を締結したのは右動機によるものではなく、本件建物の収去の時期はそう遠くではないが、それでも買受代金を回収し、なお利益を上げ得る期間位は本件建物で美容院を経営することができるとの原告自らの見込みによつたものであることはさきに認定したとおりである。そうだとすると大阪市の都市計画により本件建物が収去されるのが九年先であるということは、本件売買契約の内容となつていなかつた、ということができる。したがつて、たとえ収去の時期が客観的に契約日より二年先であつたとしても(真実は昭和四六年一一月一五日より二年ないし三年先であることはさきに認定したとおりである。)、本件売買契約に瑕疵があつた、ということはできない。

三、仮りに本件建物収去の時期が本件売買契約より九年先である、ということが、原告が被告の右趣旨の言を信じたため右契約を締結し、そのことが表示されていたため、契約の要素となつていたとしても、真実の収去時期が昭和四六年一一月一五日より二、三年先であることを、原告が知らなかつたことにつき、原告に過失があつたということができ、したがつて右客観的収去時期は、「隠れたる」瑕疵に当らないから、原告は民法第五七〇条、第五六六条に基づき、本件売買契約を解除し、被告に損害賠償を請求することはできない。けだし、建物を買受ける者がその敷地の使用権限を調査すべきは常識である。原告は本件建物収去の時期がそう遠くないことを知つていたし、また被告の前記言葉に疑問を抱いていたのであるから、本件売買契約締結に先立つて、被告の右言葉の真否につき調査すべきであつた。少なくとも大阪市の担当部局である大阪市都市再開発局に問合せるべきであつた。収去時期が確定していても、担当係員は土地の思惑取引をおそれて建物の収去時期につき明確な回答をしないかも知れないが、それでも原告が訴外赤穂繁子とともに右開発局に行き聞き得たように、少くとも本件建物の収去の時期が九年先といつた安定した状況にはなく、いつ収去されるか分らない不安定な状況にあることを知ることができたはずである。したがつて右調査をすることなく、被告の前記言葉を信じすぐ本件売買契約を締結したのは、原告の過失である、というべきである。

(野田栄一)

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